覚書(5)活動B:獣害対策
中山間部では何をするにも獣害対策は欠かせない。電気柵や防護ネットで田畑を守っているだけでは個体は増加するばかりだから、捕獲して数を減らしていくしかない。
1. 襲撃
1年目、平地での野菜づくりしかしたことがなかったから、中山間地ではどんなふうなのか知ろうという思いから、家の近くの広い畑を借りた。内川の風土にあった作物はどんなものだろうかと、同じ野菜でもいろいろな品種を育ててみることにした。
まずもって平地との大きな違いは、畑の周辺をサル対策のために2mほどの高さまでネットで囲わなければならない点にあった。そしてそのさらに周りに膝下くらいの高さのイノシシ用の電気柵を設置した。これらを切らないように草刈りする作業は非常に根気が必要だった。わたしには向いていなかった。草刈りのたびネットに穴を開け、その補修に時間を費やした。
畑は水をとる場所がなく、水やりに苦労し、夏野菜はなかなかうまいこと育たなかった。しかし晩夏にタネを蒔いた大根やニンジン、カブ、パースニップ、ルートパセリ、ビーツなど根菜が調子良く育った。種取りのために、生育の良さそうなものを残しておいたが11月末、ネットの小さな穴からサルの群れの侵入を許し、ほとんどの収穫物を食い荒らされた。パースニップ、ルートパセリ、黒大根などの変わった野菜はあまり食べられなかった。
降雪前に降ろしておいたネットを春先、再び整備する前に、1匹のはぐれサルが畑を荒らして、よほど空腹だったのか、西洋野菜まで全てなくなってしまった。野菜作りへのやる気も失った。
2. 当時の状況
内川地区には十数年前からイノシシが集落の近くまで姿を現すようになり、田畑への食害が増加した。わたしが協力隊に着任した2020年には、耕作地の周囲に電気柵を張るなどの対策で被害は減少していたし、豚熱で生息数も減っていた。
しかし、5年ほど前から今度はサルが出現するようになり、田畑を荒らしはじめた。根菜や芋類など特定の野菜を食べるか、みみずやくず根を食うために地面を掘りかえすイノシシと違い、サルは確実に畑のほとんど全ての品目を食べるから、サル1群れの一度の襲来で容易に畑の作物は壊滅した。
しかもイノシシ用の電気柵はせいぜい膝上程度の高さまでしかなく、サルには効果がなかったから、耕地を守るには2m近い高さのネットを張り巡らして、その上にさらに電気柵を張る必要があり、防護の労力がイノシシの場合とは比べものにならなかった。さらに、サルを完全に防ぐような対策は非常に困難で、ネットや電気柵による防護を完璧に仕上げたと思っていても、サルはそこにほんの小さな綻びを見つけて侵入して、作物を食い荒らしていた。
内川の状況
しかも内川ではサルの捕獲頭数が、金沢市の他の地区よりも圧倒的に少なく、2020年は市内全域で67頭捕獲しているうち、内川は1頭のみだった。地域住民はサルは賢いから捕獲できないと、半ば諦めていたのである。
3. 戦いのはじまり
狩猟免許と最初のサル
わたしはもともとイノシシ肉を食べたいとおもっていて狩猟に関心があったが、内川へ来てみるとサルの方が目につき、イノシシは豚熱で個体減少していたこともあって、まずはサルの対策の方をしなければと思うようになっていた。
はじめは駆除ではなく、追払いの方向で対策できないかとモンキードッグについて調べたり、視察に行ったりしたが、なかなか簡単な話ではなさそうだった。
夏に罠猟の狩猟免許を取得した。しかし、それだけで害獣を捕獲することはできなかった。
狩猟ができる期間は秋から春にかけての定まった時期だけであり、そのほかの期間でイノシシやサル、小さな害獣を捕獲できるのは、有害鳥獣捕獲隊に入り、定められたルールに従って捕獲する場合に限られている。
また狩猟期間中でも狩猟が許可されている狩猟動物は決まっていて、実はニホンザルはその狩猟対象外である。だから、有害鳥獣捕獲の許可なくサルを狩ることは狩猟期間中であっても違法なのである。
ただ、田畑を荒らすために有害鳥獣の駆除として、捕獲隊は年中サルの捕獲に取り組んでいる。
このような規定のため、実際に狩猟できるのは秋に狩猟登録を済ませてからであり、また捕獲隊に入り、一年中有害捕獲に取り組めるようになるには翌年春を待たなければならなかった。そのためサル檻の管理補助者の講習を受講し、家の近くのサル檻に餌をやり、見回りをするようになった。
地域の方々の大多数は「サルは賢いから檻では捕獲できない」という否定的な見解を持っていて、捕獲には懐疑的だった。
10月にサルが一匹捕まった。檻は、後から考えると、サルがかかりやすいとはいえない場所に設置してあったから本当に偶然捕まえられただけだった。内川地区ではおそらく最初の捕獲だった。わたしはサルは捕まえられると確信した。地域の方も捕獲に多少の可能性を感じたと思う。
判断について
時々、「山の方の年寄りは頑固で頭が硬くいから、新しいことを受け入れてくれない」などという声を耳にする。わたしはそんなことはないと思っている。
確かにわたしがサルの捕獲に取り組もうとしたとき、周囲はまったく期待していなかった。内川ではみんなサルの捕獲を諦めていたのだ。それは防護ネットの隙間を簡単に抜けて畑に侵入する様子を見て、これほど賢いサルは檻を罠だと理解して、簡単に捕まることはないだろうと考えたからだった。
しかし、わたしは他の地区の話を聞いたり、ネットでサルの捕獲について調べて、別にサルを捕獲することは難しいことではないと考えたから、捕まえようとした。そして、実際、たまたまではあるが一匹捕まえることができた。
一匹の成果だったが、それを見せると、みんなもわたし同様にサルは捕獲できるものと認識を新たにして、非常に協力的になってくれた。
つまり、こういうことではないかと思う。年配者は積み重ねてきた経験によって判断を下す傾向にある一方で、経験に乏しい若者は往々にして想像や、知識によって経験を補いながら判断する。だから、ときには二つの判断が分かれるということもある。サルを捕まえられるか、否かなどと。
このような判断の傾向の違いを抜きにして対話し、ちょっと意見が分かれると、年寄りは頑固だとか頭が硬いとかいうレッテルで済ませるというになるのだ。
年配者は頑固でも頭が硬いわけでもないし、若者の話なんて聞き入れてくれないということは決してない。だから、わたしが実際にサルを捕まえてみせると考えをあらためてくれて、サルの捕獲に一緒に取り組んでくれるようになったのだ。
そしてサルとの戦いの1年目を終えた。
内川のイノシシ事情
わたしが来たとき、内川在住で狩猟免許を取得して獣害対策に取り組んでいる人は5人いるかいないかだった。そのほかに多くの補助員が檻の管理などを手伝って、内川の獣害対策は成り立っている。
意外なことに、地域の方のほとんどはイノシシ肉なんて食べなかった。それでわたしが狩猟免許を取得し、獣害対策に取り組むようになると非常に感謝された。彼らはわたしが地域のためを思って無私の心で慈善的に狩猟に取り組んでいると勘違いしていたのだ。
まさかわたしがイノシシ肉を食べたいために狩猟をはじめたとは夢にも思わなかったらしい。
わたしはイノシシ肉に興味があったが、イノシシを殺して、捌いて、その肉を食べることに自分の精神が耐えられるか、どうか、自信はなかった。
1年目の9月に、イノシシが獲れたからこれから捌くぞと連絡をもらったとき、だから、いい試金石だと思った。手伝うことはまずできないだろうと判断して、見るだけ見させてくれと頼んだ。
どんな様子だったかは省き結果を言えば、わたしはめまいがした。溢れ出る血流の赤さや腹の中から取り出された生々しい臓器のすえた匂いはわたしが生きてきた世界と違いすぎていた。
しかし、きっと目を背けずに見ていれば、精神はこの光景に耐えられるようになってくれるに違いないと感じた。しかし、その肉を食べたいとは思えなかった。
4. 戦いの本格化
檻の戦略的配置
協力隊2年目の春はたけのこご飯にやっきになり、サルの捕獲どころではなかった。夏ころに力を入れて、餌やりをはじめて、さらに、内川の川向こうにある犀川地区でサル捕獲に成果を挙げているということで視察に行き、内川地域の方々に相談するために、檻の設置に適した条件をまとめた。
わたしはそれまで、なんとなく人目につかない日陰になる暗い場所を選んで檻を置いていたが、ぜんぜん見当違いな場所だったことがわかった。それで、視察で学んだ適地に檻を置き直したり、新規の檻を設置したりして、夏からの半年で14頭捕獲することができた。
サルを効率よく捕獲するためには、さまざまな情報を得る必要があると痛感したから、サルがどのような行動原理で動いているのかを知るために、自動撮影カメラを設置したり、サルの群れの移動経路を知るために発信機を取り付けたりした。
自動撮影カメラ
2年目から市役所に自動撮影カメラを借り、サルが檻にどのような反応を示しているか調査しはじめた。いくつか、興味深い動画を撮影することができた。
確かにサルは檻を警戒していた。どうにか檻の中に入らずに外から美味しそうな餌をとれないかと必死になっている。
では、実際にサルが罠にかかるのはどんな様子なのか。
おそらく、サルは檻の危険性もわかっているが、その中の餌が美味しいこともまた十分に知っているから、欲求と警戒とを載せた天秤の上で、欲求の方が少しばかり重くなったときに動画のようなことになる、ということだろう。
イノシシも同じように欲求が警戒に勝ると、捕獲できる。
発信機
2年目の春、一頭の母ザルを捕獲した際に、市と近くの大学の研究室との協力で発信機付きの首輪を装着し、逃がした。
ニホンザルは一頭のボスザルとそれに従うオスザル、多くのメスザル、子ザルで構成された群によって行動している。オスザルは、群れから抜けて、はぐれザルとなって単独で生息していることもあるが、メスザルは基本的にどこかしらのボスザルの多妻のうちの一匹として群れの中で生活している。だから、メスザルに発信機をつければ、そいつが属している群れの居場所がわかるのである。
そして発信機の情報を線で結ぶことで群れの移動経路が浮かび上がってくる。その資料をここで共有することができないことは残念であるが、木々の枝を伝って移動するサルは、決まって利用する通路こそないものの、好んで通る地点というものがあって、発信機によってその場所が浮かび上がってきた。そのような場所に檻を置いてみるとてきめんに効いた。
発信機によって群れの襲来も事前に察知することができるようになった。それ以前から、地域の方々にサルの群れの目撃情報を募っていたこともあり、わたしはサルが集落に近づくのを事前に知るような諜報体制が整えることができた。そしてわたしは、サルが来ることがわかってから新鮮な餌を仕掛けることで、効率的にサルを捕獲できるようになった。
5. 大決戦
大型檻
2年目の秋に、市からサルの一斉捕獲を狙える大型檻の設置を提案された。
今まで、市内の他の地区でいくつか設置していたが、管理が大変でなかなかうまく運用できているとは言いがたいということだった。まあやってみるかということで、設置して、サルの様子を観察することにした。
大型檻は蟻地獄式に上から入れるが出られないような構造になっている。
- 横の入り口を開けて、サルの警戒心を解いて、そこから出入りするまで待つ
- 横の出入り口を塞ぎ、外から内へ、内から外へ、木の梯子をかけることで、上から出入りさせる
- 内から外へ出るための梯子を外して、入ったら出られないようにする
という手順を踏んだ。
ようやく慣れてきたころに雪が降って決戦は来年度に持ち越しとなった。
決着
大型檻をさらに改良して今年も運用しているが、なかなかいいようには入ってくれない。
地道に小型檻で捕獲していくしかないのだろうか。
6. イノシシについて
協力隊任期中はサルばかり追いかけていたが、今年からイノシシ檻も管理させてもらうことにした。
行動を確認するために自動撮影カメラを設置して、興味深い映像が撮れた。イノシシもやはり、サル同様、欲求と警戒との天秤が崩れたときが来るのだ。我々も同じだろうか。
以上、覚書(5)おしまい。
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