食える話、食えぬ話と「花食い姥」

食えると「花食い姥」

  春先、近所のばあちゃんから菜の花と何か滑らかな葉のものを、あんたこんなん食べんやろ、ともらった。花さく前のカタクリだった。湯がいて酢で食べたら美味しいといわれた。美味しかった。

 集落のお墓のあるあたりにカタクリが花さくのはいつか、と待っていたものも、まさか食べごろはいつかとは考えていなかった。
 湯に通しても葉は青々しく、わずかにぬめりけと甘みがあって美味しかった。湯がかれている間につぼみがはだけて、その奥に、咲く前に萎れてしまった紫の花がのぞいていた。酢は薄い藍色ににじんでた。それを口へ運ぶとき、そこには色っぽい感じのものがあった。同時に、円地文子の「花食い姥」というのを読んだときに覚えた気味の悪さが蘇った。

 老女はにっこり笑って、何の躊躇もなく、蟹の足先めいた葉頭に、三つの花を一つに重ねたように長くふつつかな形に咲いている花の一つを、むしりとった。
 そうして、その紅のぼかし染めの花を少しすげみの見える口もとにもって行き、素早くいきなり唇にくわえこんでしまった。
 それはあっという暇もないほど、素早い動作であった。
「まあ、どうなさったの」
と私は息をのんでいった。何となく、生きものをそのまま口に入れるような異様な、気味悪さが私を捕えていた。
「御免なさいね。年をとると耐え情がなくなって……つまり、これが呆けたということでしょうかね」
 言いながら、老女は蟹蘭の花弁を酸漿でも噛むように、歯に当てている。

 実家にいたころ、兄が多肉植物に凝りはじめ、ミカンの木が数本枯れ残っていたさびしい畑を整地してビニールハウスまで建てて、中をサボテンみたいのやアロエのような小さい肉厚の植物でいっぱいにした。親父と私は春になると野菜の種を蒔いて、保温のためにそのビニールハウスを間借りして、苗を置いていた。親父はしきりにハウスの入り口で育っていくトマトやナス、キュウリやらの苗の様子を見に行き、奥の多肉植物には全く目もくれなかったが、ときどき兄が植物の世話をしているところへ入っていくと、「これは食えるのか」と、どれも食えるものはないのに聞いた。兄はむっとして「食えねえよ」と答えるが、親父は他のを指さして、これは、あれは、と尋ねた。
 親父には、食えないものを育てる気持ちが理解できないのであった。そして、わたしは、自分で自分を恥じるのだが、親父の気持ちが理解できた。しかしわたしも、兄が大切に育てている多肉植物を食べようとは思わなかった。

食えぬ話

 この間、またばあちゃんから連絡があった。あんたんとこの斜面にササユリが一本あるよ、と言われた。それはどのようにして食べたらいいのか聞くと、叱られた。今回は食物指南ではなくて、ササユリは勝手に盗っていく人もあるから、周辺を草刈りして支柱を立てて、茎を結んでおかないとダメだよ、ということだった。
 お婆さんは明日には咲きそうな蕾が四つ、五つあるから、今晩にも盗られてしまうよ、と警戒していた。もう日は沈みかけていた。わたしは、面倒だし、盗る人なんてそうおるまい、誰か盗るなら盗ればいいと、そのまま寝た。翌朝、言われた通りに棒を立ててユリを支えた。盗人は来ていなかった。花は咲いていなかった。

 長雨の一日のあくる日、ササユリは咲いていた。これは盗む人もあるかもしれないと思った。

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